術後せん妄の父。
急性大動脈解離で緊急手術を受け、ICUに入院した父。
今回は、ずっと書いてなかった急変のその後のことを書きたいと思います。
10月3日 急変から1日目
その日の昼の面会は、母も私も(昨日の今日だもん…まだ目覚めてないよね)と思って行かなかった。夜の面会に恐る恐る行ってみると、昨日のままの父がベッドに寝ていた。ただ、ベッドのすぐ横に置いてあった人工心肺の機械は外れていた。
そのとき担当してくれていた看護師さんは、とても華奢で小柄な人で、私たちが「昨日からの変化は人工心肺がとれたくらいでしょうか…?」と聞くと「…そうですね」とだけ答えてくれた。帰りの道中、母と「軽々しく状態を話せる感じじゃないのかもね…」と話し合った。
10月4日 急変から2日目
この日も朝から気持ちがどんよりしていた。
病院から特に連絡はないし、一進一退の状態なんだろうな…
私は家族の中でただ一人、急変前の痴呆症のような父を見ていたので、そのあと急変して開胸して電気ショックした父が、この先どうなっていくかなんて想像もつかなかった。
でも、この上に「死にかけたのに誰も面会に来てくれないような人」と思われたらかわいそうだし、母はあまり行きたくなさそうなので、私は勇気を出して一人で昼の面会に行くことにした。
家から20分ちょっとある道をぼーっと歩いた。
目の前は不安で灰色一色。楽しそうにしている人を見ては(住む世界が違う…)と思った。普通の顔をして街ですれ違うたくさんの人の中にも、こんなふうに胸いっぱいに灰色を抱えている人もいるんだな、と思った。
病院に着き、ICUのインターホンを押した。不安はMAXで、血の気が引いて手が冷たくなっていた。看護師さんの後について、2枚の自動ドアを通る。
すると、ドアを入ってすぐ、頭のところだけちょこっとベッドから起こされた父と目が合った。
ええっ!!
起きてるやん!意識戻ってるやん!!!!!✨(歓喜)
えっ、こういうとき、電話とかかかってこないのか!!(でも全然OK!超歓喜)
はじめまして、よくあるせん妄
嬉しさMAXで父の元へ駆け寄った。
「父!起きたん!!わかる?私!」
「うん…(ニコ)」
すごい!わかってるみたい!
そのときの父は急変前の痴呆症のような状態ではなく、声は弱々しいし浮腫でパンパンではあったけど、意識がはっきりしているのがすぐにわかった。
よかった…!
とりあえず、本当によかった!!
「よかった〜、死にかけたんだよ?覚えてる?覚えてないよね!笑」
「もう死んじゃうのかと思ったよ〜〜!!」
「ははは…」
父の口には酸素マスクがついていたけど、人工呼吸器は外されていた。
目はドロンとしているけど、微笑んだりできていた。
「大丈夫?…大丈夫じゃないよね、痛い?」
「うん…胸がちょっと、痛いね」
すごい!普通の父や…!
すごいすごい!!😭✨
少し落ち着いたところで、ちょっと間があった。
すると、「あのね…」と父が話しかけてきた。
「あのね……ここは、危ない…」
ハッとした。
せん妄だ、と即座に思った。
私は急変前のあの日から、インターネットで見つけた記事を片っ端から読んできた。今やせん妄のいろんなパターンを知っている。大丈夫、大丈夫、、
「見てごらん、向こう…」
父のベッドの右隣にはカーテンが引いてあって、その向こうは違う患者さんのベッドと、看護師さんたちがお仕事をする小さなスペースがあった。
「うん…」
ベッドの左隣にいた私は、そのままカーテンの向こうを見たんだけど、父はそれでは満足しなかったらしく、じっとこちらを見たまま「見て、見て」と促してくるので、仕方なくちゃんとベッドの向こうまで歩いていって、カーテンの向こうを覗く素振りをした。
その日は「モデルさんですか!?」みたいな美しすぎる看護師さんが担当してくれていて、カーテンから顔を覗かせている私にすぐに気が付き、「どうされましたか?」と声を掛けてくれた。
「あの…父が『見てきて』って言うので…笑」
「ああ、、笑」
「見てきたよ」
「ね…?」
「わかった?」
「…?」
「……宇宙人がいる!」
で、でたぁ〜〜〜!!!笑
せん妄のことはたくさん調べたけど、『人体実験をされていると勘違いしたり…』とか『宇宙船にさらわれたと言ってみたり…』とか、書かれてたよ、書かれてたけど!
いやいやそんなん、どこでどう勘違いするねん笑
って思ってた〜〜!
マジか〜〜〜!!!笑
しかし、取り乱していてはいけないのでございます。
せん妄が出ている患者さんには、特に家族が、穏やかに接して安心させてあげるのが一番だとどこにも書いてあったのでございます!
(痴呆症の人に対しても、いきなり否定したりするのはよくないって言うよね、、)
父にじっと見られながら、とりあえずもう一度ベッドの左側からカーテンの向こうを見る素振りをして、答えた。
「…そうなん?」
「うん…!」
「だから…危ない…」
「ああ…」
「なっちゃんは、今からすぐに、家に帰って…」
「うん(私なのはわかってるらしい!✨)」
「おやじのPCの…Dropbox…」
「う、うん?(Dropboxもわかるのか!✨)」
「ミノブ、〇〇…」
「うん…(ミノブ?なにそれ?……あ!パスワードか!!)」
「そこを開けて、弁護士…弁護士さん呼んで、」
「うん、、(ここはとりあえず応じたほうがいいよね)」
「夜、こっそり、連れ出してくれる?…危ないから…」
「…わかった!」
「ありがとう…!」
せん妄に逆らわず、弁護士さんを呼ぶ約束をした私だったが、(どうしよう、すぐにそれらしき人を呼んだ、みたいな動きが見て取れないと暴れだしたりするのかな…?)と困惑していた。
「…父が起きてるってなったら、夜の面会は母も来るし、陸も来ると思うから、そのときまた話そう?」
「いい!いい!来なくていい!…危ないから!」
「ああ…(どうしよ〜〜汗)」
とりあえずその会話は終わった。
よくあるせん妄が出ている父は、半分は普通だけど、もう半分がぶっ飛んでいる感じだった。
でも痴呆症のような状態のときより「だんだん正常に戻っていく」という現実味が出てきた。ここが病院で、宇宙船じゃないことさえわかればいいんだもんね…!
父は他にも、壁の掛け時計を見て「ほら!動いてない…!」と言ったり、「さっきも宇宙人に何かされたんだけど、危ないからじっとしてたんだ」とか言っていた。(「何かされた」というのは、その日のお昼に人工呼吸器を外してもらったことだろうと思われる)
看護師さんは術後せん妄に慣れていた
どうしよう、弁護士さんを呼ばないと次来たときも「早く!早く呼んで!」と言われちゃうのだろうか?
ここが病院で、緊急手術を受けたから入院してるんだということをちゃんと伝えないといけないかな…??
でももう15時。面会時間も終わりだ。
私は思い切ってさっきの美人すぎる看護師さんに聞いてみた。
「あの…父が…ここが宇宙船だとか言って、弁護士を呼んでくれって言うんです。どうしよう、呼ばないと暴れたりとかしますかね…😭」
「ああ、大丈夫ですよ(ニコ)」
その反応を見て、(ああ…せん妄って「弁護士を呼んで」って言ったことも忘れちゃうのかな、)と思った。看護師さんの反応はそれくらい、こちらの状況を把握しておこうという気がまったくなさそうだった。
私は(ほんとかなぁ…ほんとに大丈夫なのかなぁ…)と思いながらも、とりあえず今のところ命に別状はなさそうな父を見ることができて、嬉しかった。とってもとっても嬉しかった。
病院の外に出てすぐ母に電話した。
弟にもLINEした。
帰り道は、来たときとはまったく違う色をしているようだった。小走りで、空に向かって「嬉しい!本当に嬉しい!!」と心の中で叫んでいて、同時に、父が生きていることをこんなに喜んでいる自分に驚いた。
父が生きているうちに、父に対してこんなふうに思えて、なんだか救われたような気持ちになった。