私のはじめてのホワイトデー。
私がはじめてホワイトデーにお返しをもらったのは、小学1年生の頃だった。
ひょんな事からバレンタインデーの話になったとき、そのころ隣の席だった佐々木に、「佐々木には、私がチョコあげるよー!」と無邪気にやり取りして、約束通りチョコをあげたからだった。
佐々木は背が小さくて、ぽっちゃりしていて、ちょっぴり引っ込み気味な男の子。
でも、とっても穏やかで優しい子でもあった。
佐々木はひょうきん者の赤木という子といつも一緒にいて、
私はそんな2人とたまに一緒に帰ったりしていた。
2人とも穏やかで仲が良く、その輪はとても居心地が良かったのを覚えている。
そんな佐々木にチョコをあげたところ
ある日、なんと「お返し」をくれたのだった。
私があげたチョコなんて、小さくって、「はいよ♪」みたいなノリであげたものだったのに、佐々木がくれたのは、サンリオのポチャッコだか、けろっぴだかが描かれたカワイイ黄緑色の筒に入ったクッキーだった。
すっごく嬉しかった。
こんなカワイイ包みのクッキーなど、どこで売っているのか。
リボンを解くのももったいないほどだ。
しかし
小学1年生の私の気持ちは複雑なもので、
「わーい、ありがとう♪」などという単純な感情では済まされなかった。
えっ…
なんでこんなカワイイ物をくれるの?
ていうかバレンタインのチョコってお返しなんてあるの?
知らなかった…
知ってたら「はいよ♪」のノリでなんか渡さなかった。
それに、もっと立派なチョコをあげたらよかった。
…
このような、様々な感情とともに
私は佐々木からカワイイ黄緑色の筒を受け取りながら
「……」
という反応だったように記憶している。
その後、私はなんだか佐々木には気まずい感じが残り、徐々に佐々木と赤木の輪からも遠ざかった。幼かった私は「バレンタインデーは好きな男の子へチョコを贈る日♡」などという情報も後から知った。一人で更に気まずくなった。
このような経験から、
私はバレンタインデーを重視しない系女子として小学校6年間を過ごした。
しかしながら、4年生か5年生くらいのとき、友達から「なっちゃん、これ、私の代わりに渡してきてくれない?」と言われ、当時私も好きだった男の子の元へチョコ代理贈呈人として送られたときには泣きたい気持ちだった。
さらに中学生になると、バレンタインデーには「友チョコ」とかいう、寝不足でお菓子を作りまくって女子の間で交換こする儀式が加わった。その頃にはバレンタインデーは「ツライ」以外の何ものでもない行事となっていた。
佐々木、あのときは「わあ、ありがとう!」とお返しを受け取れなくてゴメン。
あの後、疎遠になったのはこんな理由だったよ、気にしてたらゴメン。
今年も
実に多くの人々がバレンタインデー・ホワイトデーを思い思いに過ごしたのだろう。
そこには一体どんなドラマがあっただろうか。
みんな楽しめたかな、楽しんで、ついでに経済もまわしたのかな。
すごい行事である。
私も来年はチョコを渡せる相手がいるといいかな。
いや、やっぱりバレンタインデーはどこか難しい感じがするのだ。