バルセロナで一文なしになったときの話。4
全財産の入ったショルダーバッグを失ってしまった私。
藁をもつかむ思いで領事館に電話をかけると、すぐに来るよう言われました。
一文なしで駆け込んだ領事館は、バルセロナにありながら、小さいけれど頼もしい私の大好きな日本、そのものでした。
*
領事館の扉を開けると、 すぐ目の前に空港の手荷物検査のような機械があって、警備員さんが「どうぞ」と優しく迎えてくれました。
小さな部屋を見渡すと、客人は日本人と思われるおばさんが一人いるだけで、あとは誰もおらず、閉館時間が迫っているんだな、と思いました。
それなのに私を呼んでくれた…
こんな私の、晩ごはんのために…泣
荷物検査が終わって窓口へ向かうと、さっきの職員さんが既に用意していた何枚かの書類を渡してくれました。パスポートの紛失届と、領事館でお金を借りる手続きの書類、などなど。
書類の中に、無くしたパスポートの番号を書く欄があったのだけど、私はその番号を記録していませんでした。でも何日か前、かう(友達)とかうのママに、アムステルダムの空港まで送ってもらう車内で、かうがふと「パスポートの写真撮っておきなよ」と言ってくれたのです。
写メ撮ってた〜〜!かうありがと〜〜〜!泣
書類を提出して、手続きしてもらっている少しの間、ふとカウンターの上に目をやると冊子が置いてありました。手に取り、見てみると…
↓
まんまこれやん!
領事館も前々から注意を促していたのだろう、こんなよくあるケースで荷物を盗られるなんて…情けない…。
旅人たるもの、旅の準備として、行く先々の土地柄を知ること、その土地でよくある犯罪について知ることはとても重要だったはずなのに。調べようともしなかった。
職員さんは手続きが終わると、電話で説明してくれた内容をもう一度、今度は写真屋さんと警察署の地図のコピーを手に、説明してくれました。
写真屋さんは今お昼休みでお店を閉めているけれど、そろそろ開店する時間らしく、今から歩いていけばちょうどいい時間なのだそう。そこで写真を撮ってもらい、警察署で書類を作ってもらい、帰りに出来上がった写真を受け取って、領事館へ戻るという手順。
さらに私は領事館にお金を借りる手続きも必要でした。
でも、この一文なしの私が一体どうやってお金を返すのだろう…
職員さんは言いました。
「 ウエスタンユニオン という海外送金システムがあります。そのシステムで日本にいるご家族にお金を送ってもらってください。それと、パスポートを発行するのに戸籍謄本の写しが必要です。それも、メールの添付ファイルでいいので領事館宛てに送ってもらってください」
そ、そんなシステムがこの世には存在しているのか…!
「それと、パスポートは何年のものにしますか?5年?10年?」
「えっと、無くしたのは5年のなんですけど…」
「金額を見ても10年のほうがお得かな、これも保険がおりると思うし…」
「そっか、じゃあ…」
「10年有効のにしておきましょうかね」
はじめての事で何がなんだかわからない私に代わって、その方はテキパキと、私にとって一番良い道を選んでくれました。領事館に借りるお金も「パスポート代と、送金を待つ間の移動費と、食費とで…これくらいでいいんじゃないかな」と額を決定してくれます。すぐに日本に連絡して、書類や送金の手続きをしてもらおうと、その場で電話も掛けさせてくれました。
もう全て。全てやってもらいました。
*
説明を受け終わると、早速写真屋さんへ向かいました。
地図に従って向かいの建物の裏にある道を入っていくと、見覚えのあるマークが!
これ→
あった!写真屋さん!
日本人なら誰でもすぐに写真屋さんとわかる、FUJIFILMのマーク!
私が到着したとき、店主のおじさんが今まさにシャッターを上げているところでした。
領事館から近いし、このマークだし、もしや日本領事館専用の写真屋さん?
かと思いきや、店主は普通にスペイン人のおじさまでした。
「パスポート用の写真をお願いします」
「国はどこ?」
「日本です」
「OK」
「ハイ、これ使う?」
寡黙そうなおじさんが差し出してくれたのは小さな鏡。
「あっ、ありがとう‥」
写真を撮るというのに身だしなみを整えるのも忘れていました。
鏡を覗き込むと、それはそれはブサイクな顔が映っていて、さっき領事館で母に電話を掛けたとき、思わず涙がぼろぼろっと出たのを思い出しました。
しょうがない、緊急事態だもん。でも…26にもなって、盗難に遭って、電話口で、しかも職員さんの目の前で泣いてしまうなんて。あ"あー!!情けなさすぎる〜〜〜
*
無事に写真を撮ってもらい、今度はもう少し離れたところにある警察署へ行きました。
シンプルな外観で、なんとなく日本の警察署と似たような雰囲気。
入り口を入るとすぐ、小さな窓口がありました。
私の前にも人が並んでいたので、私もその後ろに並びました。
少し待っていると、私の後ろにも人が並び始めたので、その度に仲間(日本人)はいないだろうかとさり気なくチェックしたりしていると、案外すぐに順番が回ってきました。
もうこのやり取りには慣れっこだ。
そう思いながら私は「ホステルでバッグを盗まれました。お財布もクレジットカードもパスポートもなくなりました」と窓口の人に英語で言いました。
ヨーロッパって、それぞれの国で現地語があって、英語は母国語ではないのに、私ったら、欧米系の人と見るやみんな英語を話す人だと思ってしまう癖があるのだけど、結構通じない場合もある。
ここの警察の人もそうでした。
「ID?」
「へっ?ID?なんだそれは…?」
ID…というとフィリピン留学のときは持ってたけどな、学生番号。
でも私、スペインでは学生じゃないし…あっ!
「IDってパスポート?」
「…?」
あかん、通じない…申し訳ない…どうしよう、でもきっとパスポートだ!
「 ID、ない。どっか、行っちゃった。ナッシング」
渾身のジェスチャー。
「Oh……OK」
肩をすくめる警察の人。色々と、わかってくれたんですね。泣
しんと静まり返った狭いロビー。
今のやり取りを後ろの人たちも見ていたのかと思うと…恥ずかしい…。
被害届用の書類をもらい、すぐそこにあるテーブルで記入しました。
盗まれた日、時間、場所、出身国…などなど。
特に、盗まれた物については一つ一つ金額まで記入する欄がありました。
「…えーっと、何だこれは…?」
所々よくわからなくて、書いている手を止め、顔を上げました。
一瞬遠い目になっていると…
「わからないところはある?」
そう声を掛けられました。私の後ろに並んでいた女の人でした。
「あなたの隣に座っているのは、私の娘なの。英語ができるから、何でも聞いてね」
はっとして隣を見ると、短いブロンドの髪にパーマをあてたような、小学生くらいの可愛らしい女の子が座っていました。
「なにかある‥?」
「あっ、じゃあここは… Japan?Japanese かな?」
「 Japanese !」
「わぁ…、ありがとう!」
なんて優しいんだ……涙
いくつかのことを教えてもらい、「ありがとう」と言ってまた書いていると、そのお母さんは用事が済んだようで、帰りしなに一言、声を掛けてくれました。
「 I'm so sorry, about that... 」
咄嗟のことで、私は「 No... 」と首を振ることしかできませんでした。
その言葉は、気持ちは、あまりにあたたかくて、異国の地でズタボロになった私の心は、瞬時にはうまく受け止める事ができないほどのものだったのでした。
つづく。