バルセロナで一文なしになったときの話。5
異国の地で一文なしになった私を救ってくれたのは、バルセロナの小さな「日本」。
ボロボロの私に手取り足取り指示を出してくれるスタッフの方。
私はその指示だけを胸に、ふらふらと写真屋さんと警察署へ向かったのでした。
*
警察署で無事、何枚かの書類を作成してもらった私は、とぼとぼ来た道を帰っていました。
あとは仕上がった写真を受け取って、領事館へ戻るだけ。
急に、張り詰めていた糸が切れたように、私の心は萎んでいきます。
ああ、私はあのお母さんと娘さんに「ありがとう」とも言えなかった。
No…ってなんだよNoって……(前記事参照)
自分の不甲斐なさにほとほと嫌気が差してきて、傾いた陽に照らされる道を虚ろな目で見つめながら、力なく歩いていました。
もうちょっと急いで歩かなきゃ。
でも、そんな気力さえまったく湧いてこない…
そのとき突然、ハッとしました。
脳裏をかすめた、朝のホステルのラウンジの景色。
私は窓側のテーブルで一人、夢中でキーボードを叩いていました。
…そうだ、私、あのとき
ガシャーン!って音、聞いた…
それは何か、鍵の束のようなものを落とす音でした。
私の座るテーブルはすぐ右隣が通路で、チェックアウトの時間は人が行き交っていました。
そこを歩きながら、誰かが鍵を落としたのでしょう。
私はすごく集中していたので、音が耳に届くまで時間がかかりました。
そして、その音をやっと認識したとき、思ったのです。
(あれ…そういえば鍵、誰も拾わないな?)
あんなにガシャーン!ていったのに?
落としたの気付いてないのかな?
もしかしてもう拾った?
そこでようやく私は音のした方へ目を向けました。
そこにはやっぱり鍵の束が落ちたまま。
えっ、ほんとに気付かないの?
そう思い、斜め右後ろを振り返るとそこには、背の高い、色白でガリガリでひげもじゃのおじさんが、なぜか宙を仰ぎながら、頭をポリポリ、きょろきょろとしていました。
ええー!
ここですよ、ここー!
いや〜、気付かないこともあるかねぇ、こんな重量のあるものを落としても。そのおじさんのじゃないのかな?などと思いながら鍵を拾おうとしたその瞬間。
グワシッ!
鍵と私の手を一緒に握りしめる、おじさん。
「OH~~~~~~!!ありがとお〜〜〜!!ありがとおお〜〜〜〜〜!!!」
ええ〜、いや、そんな、私は何も…
なんか大げさ‥?てか 顔ちかっ!
手を握られたまま、厚い御礼を述べられる、私。
「い、いえ、あは、あはは…(ちょっと変!)」
…
走馬灯のように駆け巡る朝のラウンジの記憶。
時間にして、ほんの数秒の出来事でした。
ねえ、私…
あのおじさんじゃん、犯人!
ねえ怪しいじゃん、そいつ。
超!怪しいじゃんよ!!
なぜ今の今まで気付かなかったんだー!!!
犯行の手口としてはこうです。
まず、犯人はひげもじゃおじさんともう一人。(たぶん)
↓
2人は事前に私のバッグを奪おうと計画を企てます。
↓
ひげもじゃおじさんが私の近くで鍵を落とします。
↓
私が拾います。
↓
「OH~~~~~~!!ありがとお〜〜〜!!ありがとおお〜〜〜〜〜!!!」
↓
その隙にもう一人がイスに置いてあるショルダーバッグをダッシュで持ち去ります。
↓
大成功★
うおおおおおお!!!
よくあるやつ!!!泣
*
こうして私はショルダーバッグは盗まれたのだと、ようやく確信しました。
それまで、消えてなくなったように感じていたので、心のどこかで「何かの間違いじゃないか」「どこかに落っこちてるんじゃないか」とモヤモヤしていました。
やっぱり盗まれたんだ、あのおじさんに。
真実がわかった今、なんだかスッキリしたようでした。
不思議と軽くなる足取り。
私は早足で写真を受け取ると、スタスタと領事館へ戻りました。
領事館に戻ってみると、もう手続きは全て済んでいて、
「こちらが領事館でお貸しするお金です」
と、窓口に立つ私の前に、色とりどりのユーロ札が差し出されていました。
一瞬で、現金もクレジットカードもパスポートも、失った私。
そんな何も持たない私が、お金など、手にできるとは思えなかった。
どうやって日本まで帰れば…?とあんなに思っていたのに。
「はー…!ありがとうございます…」
そっと、スタッフの方からお金を受け取りました。
ありがとう、ありがとう日本。
お借り致します…!涙
私は、嬉しいやら、また大金を奪われないか不安やらで複雑な気持ちでした。
スタッフの方はそんな私を見て、アドバイスしてくれました。
「お金は、ひとかたまりでは持たないで。分散させてくださいね。2分割ではちょっと不安かな…3分割くらいにはしたほうがいいかも」
「はい…!」
「それとね、泥棒はお金の色を見ているんです」
「お金の色…?」
「そう、これがちょっとユーロの悪いところだよねぇ、こんなにカラフルで。いくらのお札かすぐにわかっちゃう。だからお札は一枚一枚、何回も折って、こうやって握って持ってね。お金を支払う直前まで、まわりの人に色が見えないようにするの」
「…はい!」
(やっぱりそんなに警戒して持たなきゃいけなかったんだ…)
「間違っても、こんな風に広げてお金を確認したりしないでね」
そう言いながらスタッフの方はジェスチャーでその仕草を見せてくれました。
こんなの↑ (いらすとやさん)
なんと…!
まさにそれ、今朝、
あのラウンジのテーブルで、したーー!!orz
残金を確認してて…。
そのときおじさんにお札の色を見られてたんだな、、、
心当たりがありすぎる顔で握った札束を見ていると、横から他の職員さんが声を掛けてくれました。
「お金入れる、何かポーチとか、持ってる?大丈夫?」
「あっ…」
そうだ、私ショルダーバッグないし、お財布もないんだった。
代わりになりそうな物も…ないか…
ということは、現ナマで背中のバックパックに…
って コワッ…!!
「…ないです泣」
「そうだよね…これ、もしよかったら使って。怖いもんね!」
そう言って手渡してくれたのは、薄くてオシャレなポーチ。
優しい…
私はその場で、さっき教わったようにお金を折りたたみ、少しだけポケットに入れ、お借りしたポーチに残りの札束を入れて、バックパックの一番底に入れました。
「気を付けて。宿に着いたらお金を分散させてくださいね」
「はい!」
*
こうして私はたったの半日で一文なしではなくなりました。
だけど、スッキリしたように思った心は灰色の沼に堕ちていくように沈んでいくばかり。
やっぱり、傷付いたんだ。
人間の悪意によって、自分のものをたった一部でも、奪い去られたことに。
もう涙も出ませんでした。
心はカサカサに渇いて、単調な感情で覆い尽くされているよう。
重たい心のままバスに揺られていると、あっという間に街中心部の広場に着きました。
いつも賑やかなその広場に降り立つと、そこには真っ白な月が昇ってきているのでした。
つづく。