バルセロナのドミトリーで出会ったオーストリアの女の子。
バルセロナで盗難に遭った日、私はそれまでのLadiesドミトリーからMixドミトリーに移った。そこでの4泊は2段ベッドの下の段だった。
部屋についた瞬間、「はーー♡」と言いたくなるほど嬉しい。
下の段は上の段よりはるかに地上(床)に近いので、荷物をガサゴソしやすいのだ。
トイレにも歯磨きにも気軽に行けるし、(あっ!あれ忘れた!)と思っても気軽。
上の段だと((((( なんで忘れた、自分〜〜〜〜っ!!!💢 )))))となるのだ。
嬉しい気持ちで荷物を次々ベッドに下ろした。
見ると上には綺麗で華奢でお人形さんのような女の子がおり、PCを開いていた。
目が合ったので「Hi」と声を掛けると、クールな笑みを返しながら「Hi」と応えてくれた。
私はそれまでいろんな宿に寝泊まりしていたので、ベッドまわりを見れば、近隣の宿泊客がどの程度クリーンかがわかるようになっていた。
その子は下の荷物入れに物をキレイに収納しているし、その荷物入れもきちんとベッドの奥まで入れ込んである。ベッドの枠にわけの分からない物を引っ掛けたりもしていないし、サンダルも綺麗に並べてはしごの下に置いている。
ハ〜〜ッ!すんごくクリーンな感じ〜〜!
やった〜〜しばらく快適決定〜〜〜!!
いくつかの2段ベッドが置かれたその部屋の宿泊客は、同部屋の人。
中でもベッドの上下を分かち合うのは、その部屋のペアと言っていい。
どちらかがベッドに乗り込んだり、また離れたりするときの揺れはかなり大きいし、寝返りの小さな揺れでさえ、相手に伝わってしまう。どちらかが起こした揺れで、夜中目を覚ましてしまうことも少なくない。
また、相手方のデリカシーが欠けていると、揺れるのはもちろん、はしごの真下に脱ぎ散らかした靴を置かれたり、はたまた、ものすんごく大きなスーツケースを置かれたりする。
下の段だからといっても安心はできない。
上の段からシーツがのれんのように垂れ下がってきて、ベッドを出る度「ごめんください」とやらなきゃいけないことだってあるのだ。
その子は本当に几帳面な子で、それまで旅した中でも出会ったことがないほど、身のまわりは整理整頓してあるし、慎重にはしごを下りてくれたし、夜も静か。寝返りするのを感じたこともなかった。
キリリとした顔立ちに、美しいブロンドの髪。
前髪も一緒にざっと頭のてっぺんでお団子にしていた。
「どこから来たの?」と尋ねると「オーストリア」だと言う。
「あなたは?」と聞かれたので「日本」と答えると、
「そーなの?行ってみたい」と微笑んでくれた。
物静かな女の子。オーストリアってこんな感じなのかな。
静かで美しいベッドよ、なんて心地がよいのだろう…。
私も身のまわりはキレイに整えておくジャパニーズスタイルだったので、他にも3ペアのベッドがあったけれど、断トツで我らのベッドが綺麗で、異彩を放ってさえいた。
次の日の夜、ベッドに戻りおもむろに爪を切っていると、上から「ウン、ウウン、、」と声が聞こえてきた。咳払いかな〜なんて思っていたら、しばらくして「何の音?」と覗き込まれてしまった。
「あっゴメン!爪切ってた…!」
「あぁ…」
おお〜
そこまで敏感だったのか〜すまぬ相方よ〜〜〜!!
その夜、斜め向かいのベッドには新しい宿泊客が到着していた。
男性は人見知りのようでサッとベッドに入ってしまったのだが、女性のほうは気さくな感じで、私と上の子に挨拶してくれた。アメリカから来たらしい。
なるほど、身体もアメリカンサイズなカップルだった。
その日の夜中、私は凄まじい音で目を覚ました。
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ
一体何の音だかわからず、この轟音をしばらく呆然と聞いていた。
聞いたこともない音にあまりに驚きすぎてすぐには耳に入ってこなかったのだけど、同時にものすごい音のイビキも聞こえていた。
(えっ…イビキすごっ…!こんなデカい音鳴る!??)
はっとした。
私より敏感な子が上に…!と。
ごそごそ寝返りを打っている。
これがイビキとなると…
えっ
もしかして
歯ぎしりの音は父が少しするので知っていたが、
超ド級の歯ぎしりの音はレベルが違った。
(歯ーだいじょぶかよ!?!?)
それらの轟音は斜め向かいのアメリカンサイズカップルのベッドからしてきていた。
寝ながら出す音までビッグだ…。
ついに相方が咳払いをし始めた。
「ウン、ウウン、、」
当然だが届かない。
「ウン!ウウン!!」
終いには
「ウン!!」
シャッ!
……
………
シャッ!
(カーテン開けてしばらく何か考えたけど諦めて閉めたようだ〜〜〜😂)
なんて可哀想な女の子。眠れないだろうな…
カーテン開けたらしいとき、私も開けて(ヤバイね‥)と分かち合おうか迷ったのだけど、どうしよっかな、と思っていたら閉めてしまった。仕方がない、この晩は眠るしかないのだ…
「ハァ〜〜〜」
と長いため息のあと、上の子はしばらくゴソゴソしていたが、
私は凄まじい轟音の中でもスッと眠ってしまったのだった。
次の日の朝、早々にアメリカンカップルは旅立っていって、また静かなベッドが戻ってきていた。上の子は相変わらずPCを叩いているようだった。
その日は私も忙しくて、夜になってからベッドに戻った。
戻ってきた私に「Hi」と声を掛けてくれる女の子。
ああなんて穏やかでノンストレスなベッド。女の子も優しくて可愛いし…!
その晩は一転、とても静かだった。
よかった…と思いつつあっという間に寝てしまって、次に目を覚ましたのは、カーテンのすぐ向こうでガサガサしている音を聞いたときだった。ベッド下の荷物入れから荷物を出している音だった。
(あっ…今日行っちゃうんだ、あの子…)
まだ朝も早かった。
スーツケースのジッパーが閉まる音がする。
私は思い切ってカーテンから顔を覗かせた。
「行くの?」
「うん」
「気をつけてね」
「ありがとう」
「…あなたと会えて嬉しかったよ」
(そんなこと言ってくれるなんて…!泣)
「私も」
その子は最後まで静かに、 そしてニッコリと美しく微笑んで、去って行った。